【喜界島と黒糖焼酎】
喜界島は文正元年(西暦1466年)の琉球王の喜界島征伐からおよそ150年間琉球王の統治下にありましたが、 慶長14年(西暦1609年)の島津藩の琉球征伐の結果、琉球から分割され島津藩に属しました。
その後、昭和21年米軍によって本土と行政分離されましたが、昭和28年12月25日祖国復帰を実現しました。
奄美群島(奄美大島・喜界島・徳之島・沖永良部島・与論島)は、鹿児島県本土と沖縄県との間に点在し、奄美大島本島をはじめとする大小5つの島からなり、一年を通じて温暖な土地です。
喜界島は、奄美大島北東の海上に浮かぶサンゴ礁が隆起してできた周囲約50kmの島です。手つかずの自然が多く、このサンゴ礁に含まれるカルシウム分のほか、ミネラルをたっぷり含んだ島の地下水と島の主要農産物・黒糖との出会いによって生まれた黒糖焼酎は、他の原料によってつくられた焼酎とは又ひと味違ったまろやかさと芳醇でコクのある独特な風味を醸し出している奄美の特産品のひとつです。
この黒糖焼酎は、約500年前にシャム(中国)から沖縄に渡来したと伝えられ、その後沖縄から奄美諸島に伝来し製法技術に幾多の改良工夫を加えて、現在の本格黒糖焼酎が生まれました。
奄美群島が昭和28年(1953年)にアメリカから返還されたとき、奄美の主要産物である黒糖で焼酎を造り飲んでいた実績が評価され、黒糖を原料にしての本格焼酎の製造は酒税法で奄美群島(奄美大島・喜界島・徳之島・沖永良部島・与論島)だけに認められました。奄美の特産品「黒糖焼酎」は黒砂糖の素朴な味が米麹とまじり合いまろやかな風味の高級蒸留酒として、今や爆発的な人気を得ています。
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